去勢抵抗性前立腺がん
去勢抵抗性前立腺がんとは
去勢抵抗性前立腺がんは、通常の前立腺がんに対するホルモン治療を行う中で、それに抵抗して発生するがんのことを指します。
前立腺がんは、主には男性ホルモンが原因で引き起こされます。この前立腺がんに対しては、抗アンドロジェン治療といった男性ホルモンの去勢療法や手術、抗がん剤による治療を行っていきます。
ところが、その男性ホルモンの治療を進める中でそれに抵抗する細胞が増殖し、全身に転移していってしまう、というのが去勢抵抗性前立腺がんのメカニズムになっています。
去勢抵抗性前立腺がんの患者数
下のグラフにもあるように、日本において、前立腺がんは20年あまり多く見られる疾患ではありませんでした。しかし、2000年以降から右肩上がりに増加しており、あと数年で男性のがん罹患者数の1位になると言われています。
日本人のがんで多いのは、肺がん、大腸がん、胃がん(近年では女性の膵臓がんが3位になった)で、この3種が順位を変えながらTOP3を占めていました。しかし、海外の動向を見ると、国内でも前立腺癌の患者数が増えると考えられます。
そのため、去勢抵抗性前立腺がんの患者様もそれに比例して増えていくことが予測されています。
増加している要因
①高齢化による増加
80歳以上の約半数の男性に潜在性の前立腺がんがあると言われています。従って、超高齢化社会の日本では前立腺がんの患者が増えているのです。
②食生活の欧米化
前立腺がんはアメリカで男性の罹患者数が1位、死亡数は2位と言われています。これには食生活、特に動物性脂肪が影響していると考えられています。食生活の欧米化は大腸がんや乳がんにも影響しています。
③診断技術の向上
医療の進歩、診断技術の向上により、超音波検査や内診(直腸内)で見つからなかったがんが、PSAの採血や精度の感度の高いMRI等の画像診断機器により発見されることが増えています。
前立腺がんは50才から急激に発見率が増えるとも言われているため、50才を過ぎたらかならず前立腺のMRIとPSAを検診に追加するなどして受けるようにしましょう。
以上のように、複数の要因が重なり合い、前立腺がん及び去勢抵抗性前立腺がんの患者数が増えています。
去勢抵抗性前立腺がんの治療法
去勢抵抗性前立腺がんになると、唯一の治療法はホルモン治療や抗がん剤治療となります。しかしながら、それらの治療で好意的な反応を示すのは30%程と言われており、現状では有効な治療薬がないのが現状です。
外照射によって放射線治療を実施することも、症状が初期の段階では可能なのですが、広範囲に転移が広がってしまうと、放射線による外照射だけでは去勢抵抗性前立腺がんの治療は困難だといえます。
そこで近年は、放射線治療や免疫療法などの複数の治療法を組み合わせた治療がトレンドになっています。
また、ルテシウム治療(PSMA治療ともいう)やアクチニウム治療という、海外で受けられる治療オプションも広がってきています。
去勢抵抗性前立腺がんの治療の流れ
去勢抵抗性前立腺がんの治療については、以下の治療法を段階的に行っていくのが一般的です。
- トレミフェンを用いた治療
- 放射線治療と免疫療法を組み合わせた治療
- ルテシウム治療(PSMA治療)
- アクチニウム治療
トレミフェンを用いた治療
トルミフェンというのは、女性ホルモンに対する拮抗剤で、乳がんのホルモン治療でよく使う、非常に古典的で安全な薬です。
トレミフェンとホルモン治療を合わせた治療を行うことによってPSAの値が改善したり、転移巣の病変が縮小したという症例もあるため、まずはこの治療を行っていきます。
放射線治療と免疫療法を組み合わせた治療
トレミフェンを用いた治療から効果が得られない場合には、放射線治療と免疫療法を組み合わせた治療法を検討していきます。
転移巣が少なく、痛みが出ているような状態であれば、最新の放射線機器であるサイバーナイフやトモセラピーを用いた放射線治療で局所だけを照射し、免疫療法を組み合わせて治療していきます。免疫細胞療法(※1)や免疫チェックポイント阻害剤(※2)の使用を行うことで、転移巣の腫瘍も含めて攻撃・治療をしていくアプローチ法が有効とされています。
この治療のポイントは、アブスコパル効果というものが期待できる点です。
アブスコパル効果とは、放射線を癌に照射し、そこから漏れ出た癌抗原により細胞傷害性Tリンパ球(※3)を活性化させることで、全身に転移した腫瘍も消失させる効果のことです。
また、この治療の際には、サイバーナイフやトモセラピーといった、より高精度な放射線治療装置を合わせて活用することが有効となります。
サイバーナイフ・トモセラピーについては、以下のページで詳しく解説しています。
▷サイバーナイフについて詳しく見る
▷トモセラピーについて詳しく見る
(※1)免疫細胞療法とは…自分の免疫細胞を培養し再び体内に戻す治療法のこと。副作用もほとんど無く、微小ながん細胞への治療も可能と言われています。
(※2)免疫チェックポイント阻害剤とは…免疫療法で使用する薬の一種。癌細胞が攻撃から逃れるのを阻止するための薬のこと。
(※3)細胞傷害性Tリンパ球とは…癌細胞を攻撃できるリンパ球のこと。
ルテシウム治療(PSMA治療)
放射線治療と免疫療法を組み合わせた治療が効かない場合には、海外で受けられるルテシウム治療というものが選択肢になってきます。
ルテシウム治療(PSMA治療とも言う)とは、前立腺がんから出る特殊なたんぱく質のPSMA(Prostate Specific Membrane Antigen)に放射性物質の「ルテシウム(Lutetium)」を結合させることで、PSMAを発現している細胞=がん細胞だけを狙い撃ちすることができる治療法です。
簡潔に説明すると、局所の癌だけを狙い撃ちする治療法ということになります。
直近の例では、ステージ4の去勢抵抗性前立腺がんと診断された歌手の西郷輝彦さんが、オーストラリアの病院でルテシウム治療を受けているとの報道がありました。
ルテシウム治療は、国内では法的な制限から未承認の治療法であり、国外ではオーストラリア、マレーシア、ドイツなどで受けることができます。
ルテシウム治療の流れとしては、ペット検査を行い、病変に薬が集まる状況が確認できれば、ルテシウム治療を具体的に検討していくことになります。
海外に渡航して治療をするということに対して、困難を伴う印象を持つ方もいらっしゃるかもしれませんが、去勢抵抗性前立腺がんの患者様は比較的状態がいい方が多いですので、渡航に関しても十分可能なケースが多いです。
ルテシウム治療は「内用療法」といって、超限局的な放射線治療が可能になります。副作用が非常に軽微であるため、複数回の治療により完治を目指していく形になります。
アクチニウム治療
ルテシウム治療も効かない場合は、アクチニウムという同位元素を利用した治療法が選択肢になってきます。この治療法は、原子炉を持っているドイツでしか受けられない治療ですが、癌細胞の中をより集中的に放射線照射することができるため、他の治療に比べて効果が高いと言われています。
ただし、副作用が非常に強いため、まずは、ルテシウム治療を行い、効果をみてアクチニウム治療を検討する、といった順番がスタンダードな流れになります。
去勢抵抗性前立腺がんの治療のポイント
癌細胞に対しての免疫を活性化させる治療法を選ぶことが、ポイントになります。
前述したアブスコパル効果も、放射線治療により癌細胞への免疫反応を起こすことが期待できる点が大きなメリットです。
そもそも、癌細胞はストレス、化学物質、放射線等の影響で遺伝子の異常が起きて発生するものですが、その中で「遺伝子の異常に対してキャンセルするための免疫」というのがあります。この「免疫」をうまく活用することが去勢抵抗性前立腺がんの治療の際のポイントになるという訳です。
実際にある患者様は、全身に骨転移がある状態だったにも関わらず、放射線治療によるアブスコパル効果で免疫を活性化させる治療を行ったことで全部のがん細胞が一斉に消失しました。
この効果は、通常の抗がん剤やホルモン治療といった他の治療法では期待できないものです。また、こうした免疫療法の大きな特徴は、一回治るとメモリー細胞が身体の中にできるため、完治する可能性があるという点です。
したがって、放射線治療やルテシウム治療、免疫療法を複合的に組み合わせて治療する、という考え方が非常に重要なポイントになります。
去勢抵抗性前立腺がんの治療の事例①
治療法:ルテシウム治療
ルテシウム治療を実施した事例についてご紹介します。70代の男性の患者様で、ドイツでのルテシウム治療を計4回行いました。
下記のペット画像を見ると、回数を重ねるごとに、腫瘍が極端に縮小していることがわかると思います。(※図1参照)
PSA(※4)の値をみても、その効果が見て取れます。このケースでは、一回目の治療をしたときにPSAの値がさらに悪化しています。これはどういうことかというと、ルテシウム治療によって癌細胞が壊されたために、PSAの値が急激に増えたのです。これが2回目のルテシウム治療の前には極端に下がっています。
(※4)PSAとは…前立腺癌の検査のための腫瘍マーカのこと。
このように、治療の後に一時的にPSAが上がってそして極端に下がることを腫瘍崩壊症候群といい、治療が効いている証となります。
実際に、治療直前にはPSAの値が3,800あったのが、ルテシウム治療を行った直後に5,300まで上がり、その後1,200まで急減しています。(※図2参照)
ペット画像をみても、腫瘍が非常に小さくなっていることが見て取れます。
この患者様は、リンパのむくみで靴も履けないという生活に支障がある状態でした。ルテシウム治療を実施したことによりその状態から脱することができて、患者様のQOL自体を非常に改善した例です。
(※図1)70代男性ペット画像
(※図2)70代男性PSA推移
去勢抵抗性前立腺がんの治療の事例②
治療法:放射線治療と免疫療法を組み合わせた治療
放射線治療の後に免疫療法を実施し、完治した例です。
去勢抵抗性前立腺がんで、肺転移があったこの患者様は、多発する転移があるため手術による対処は意味がなく、抗がん剤治療しか手段がないと言われていました。
実際に、2018年3月のCTでみますと、たしかに細かい肺転移が全範囲にある状況です。(※図3参照)
この状況ですと、放射線照射を肺自体にあてることはできないため、局所の前立腺癌への放射線治療を行った後に、免疫治療を実施しました。
その結果、肺には何も放射線をかけていないにもかかわらず、2020年2月のペット検査では肺の転移が完全消失しました。また、PSAの値が一番高い時は60だったのが、ほぼゼロまで下がっています。(※図4参照)
これは、腫瘍免疫を活性化させ、アブスコパル効果を最大化したことががんの消失に繋がった最たる事例です。
このように、「転移があってもうやることがない」、「抗がん剤しかない」と言われても、免疫治療と放射線治療をうまく組みあわせることによって完治する例もあるので、諦めないことが重要です。
(※図3)(右)放射線治療後の免疫治療を実施した症例のペット画像
(※図4)(左)放射線治療後の免疫治療を実施した症例のPSA値推移
去勢抵抗性前立腺にはセカンドオピニオンが有効
去勢抵抗性前立腺がんの治療は、非常に難しいとされています。
しかしながら、近年になり複数の治療法が選択できるようになってきたため、諦めずに治療法を模索することが大切です。
去勢抵抗性前立腺がんのように治療法が確立されていない病気の場合、セカンドオピニオンの受診が大変有効です。
去勢抵抗性前立腺がんと診断された場合は、転移があったり、抗がん剤やホルモン剤も効かないという状態になっているケースが大半です。
もし、今の主治医が標準治療を行っているとすると、「あとは手の施しようがないのでホスピスへ」という状況になりかねませんが、セカンドオピニオンを受診すると標準治療以外の治療法によって活路が見出せるかもしれません。
当院では、セカンドオピニオンを通して、去勢抵抗性前立腺がんの治療法の見直しを行っています。前述したルテシウム治療についても、ドイツのヴュルツブルク大学病院との連携のもと、患者様の治療のサポートをしています。
オンラインでの遠隔診療システムも採用しておりますので、全国からのセカンドオピニオンのお問い合わせが可能になっております。
まとめ
今の主治医に「これ以上やることはない」と言われてしまった場合でも、セカンドオピニオンを活用することによって、新しい治療法を選ぶこともできます。
去勢抵抗性前立腺は、これまでは治る可能性が低いと言われていましたが、最新の治療法を活用して良化したケースもありますので、患者様とそのご家族におかれましては、諦めずに治療にあたっていきましょう。