乳がんの基

乳がん発症リスク~遺伝子と女性ホルモン

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乳がんは早期に発見すれば、90パーセント以上は治癒できる病気です。そのためにも日頃のチェックや自己検診、乳がん検診を受けることが大切になります。
一方、他の病気と同じように乳がんに関して、このような質問が寄せられます。

「乳がんを予防することはできないのでしょうか?」

結論から言うと、疫学的に見て(疫学=個人ではなく集団を対象として、病気の発生原因や予防を研究する学問)乳がんの予防法というものは存在しません。
それは乳がんの原因がすべて解明されているわけではないからです。
しかし「予防」はできなくても、「発症のリスクを下げる」ことはできる可能性があることを、ぜひ知っておいてください。
今回は乳がんと遺伝子の関係、そして乳がんの発症リスクに関係するものについてご説明します。

乳がん発症のリスク①遺伝子

まず乳がんは、他のがんと同じく発症には遺伝子が大きく関係しています。
人間の体内では細胞分裂=1つの細胞が2つ以上の細胞に分かれる現象が絶えず繰り返されています。その細胞分裂の過程で遺伝子が傷つき、傷ついた遺伝子が増えると、がん細胞の元になります。
つまり、がんとは遺伝子の異常が原因となって起こる病気であり、そのがん細胞がおっぱいに発生したのが乳がんです。

ただし、遺伝子の異常と混同されやすいのですが、遺伝子の異常で発生するとは言っても、全てのがんが「遺伝性」というわけではなく、むしろほとんどのがんは遺伝性ではありません。
遺伝性のがんとは、たとえば親の遺伝子に傷がつき、その傷ついた遺伝子を子が受け継いだことによって起こるがんのことをいいます。
人間の遺伝子については、まだ解明されていないことも多く、がんと遺伝子の関係もわかっているのはごく一部です。
しかし、傷がある(異常が起こっている)と乳がんや卵巣がんを発症しやすいことがわかっている遺伝子があります。
それはBRCA1とBRCA2です。

BRCAとは、がん抑制遺伝子のひとつで、特にBRCA1は「乳がん感受性遺伝子」とも呼ばれ、この遺伝子に異常があるために引き起こされた乳がんが、遺伝性乳がんです。
そして傷ついたBRCA1/2遺伝子を持つ人を「遺伝性乳がん卵巣がん症候群(HBOC)」といいます。
HBOCの人の割合は、乳がん患者全体の3~5%程度ですが、HBOCの人が乳がんを発症する確率は40~90%と非常に高いことがわかっています。
また、遺伝性の乳がんは予後(手術後の見通し)が悪く、再発、抗がん剤が効きにくいなど、命に関わるリスクが高いものでもあります。
そこで最近ではHBOCの人が遺伝性乳がんに備えるためのBRCAの遺伝子検査も行われるようになりました。

以下のチェックリストの項目に、ひとつでも当てはまる場合は遺伝性乳がんの可能性があります。ただし、あくまで「可能性」ですので、この項目に当てはまったからといって、必ずしも遺伝性乳がんであるとは限りませんので、ご注意ください。

BRCA遺伝子検査 対象者チェックリスト

  • 40歳以下での乳がんを発症した
  • ふたつの乳がんを発症し、そのがんの発症が50歳以下である
    ※ふたつの乳がんとは、同じ側の胸にふたつのがんができる、もしくは左右それぞれの胸にがんができる、どちらの場合も含む
  • 50歳以下で乳がんを発症し、父母・子・兄弟姉妹・祖父母・おじおば・甥姪(第二度血縁者)に乳がん発症者が1人以上いる(年齢を問わず)
  • トリプルネイティブ乳がんを発症した
  • 乳がんと卵巣がんの両方を発症した
  • 第二度血縁者までに上記の発症者がいる
  • 第二度血縁者までに男性乳がんの発症者がいる
  • 第二度血縁者に膵がん(膵臓がん)
  • 前立腺がんの発症者がいる

BRCA遺伝子検査は自費診療で実費負担となるので、その金額は20~30万円ほどです。決して安い金額ではありません。そこでもし、上記のチェックリストに自身が該当する項目があり、遺伝子検査を受けることを検討したい場合は、まず「遺伝カウンセリング」を受けてみてください。
遺伝カウンセリング外来のある病院は多くはないものの、そこでカウンセリングを受け、遺伝子検査について詳しい説明を聞き、検査を受けるかどうか検討したほうがよいでしょう。

アンジェリーナ効果と日本におけるHBOC

アンジェリーナ効果(The Angelina effect)」という言葉をご存知でしょうか?
アメリカの人気女優、アンジェリーナ・ジョリーさんが2013年5月、乳がん予防のために両方の乳房を切除する手術を行ったことを公表しました。さらに2015年5月には、卵巣と卵管の切除を公表しています。
彼女は母親、祖母、叔母を卵巣がん、あるいは乳がんで亡くしていて、自身もBRCA1遺伝子に異常があるHBOCであることがわかったため、乳がん・卵巣がん発症リスクを低減させるために、乳房・卵巣・卵管を切除したそうです。
こうしたアンジェリーナ・ジョリーさんの公表により、世界中で遺伝性乳がんに対する意識が高まったことが、「アンジェリーナ効果」と呼ばれているのです。
ただ、彼女が受けた手術は、日本では保険適用外となっています。アメリカではHBOC人向けの手術に関するガイドラインも整備されていますが、日本では遺伝性乳がん発症のリスクを下げるために健康な乳房を切除することは、ごくわずかな病院でしか認められていません。
そこで日本では、もし自身がHBOCと診断された場合は、より多くの回数、検診を受けるのが一般的となっています。

乳がん発症のリスク②女性ホルモン

乳がんについては、がん細胞の発生や増殖に、女性ホルモンが大きく関わっていることもわかっています。
その女性ホルモンは「エストロゲン」といい、その数値が高いと、がんの発症リスクが高くなることが研究によって明らかになりました。
つまり、おっぱいや子宮、卵巣といった女性ホルモンが多い場所に、がんは発生しやすくなり、おっぱいに発生したがんを乳がんと呼びます。このエストロゲンという女性ホルモンに関する結果、乳がんの発症リスクが高くなる「危険因子」もわかってきました。
その「危険因子」とは次のとおりです。

乳がん発症リスクを高める危険因子

<確実にリスクが高い>

  • 出産経験がない
  • 授乳経験がない
  • 初めての出産が30歳以上だった
  • 母親、姉妹など家族に、乳がんにかかった人がいる
  • 乳がんや良性の乳腺疾患になったことがある
  • 身長が高い
  • 肥満である(閉経後)

<ほぼ確実にリスクが高い>

  • 初潮がきた年齢が早い
  • 閉経した年齢が遅い
  • 出生時の体重が重い
  • 飲酒量が多い
  • タバコを吸う

この危険因子には、エストロゲンが大きく影響を及ぼしています。エストロゲンが分泌される期間が長ければ長いほど、それだけ乳がん発症のリスクも高まるといわれているからです。
まず妊娠中はエストロゲンだけでなく、他のホルモンのバランスを調整してくれるプロゲステロンという女性ホルモンも分泌され、続いて授乳中はエストロゲンの分泌量が低下します。そのため、妊娠・授乳経験がないと、必然的にエストロゲンの分泌量が高くなるのです。
同様に「初潮がきた年齢が早い」「閉経した年齢が遅い」、つまり生理のある期間が長いと、それだけエストロゲンが分泌される期間も長くなるため、乳がん発症のリスクも高まります。

出産・授乳経験によって発症リスクが変化する?

現在では、上記の項目に当てはまる女性が増えていますが、それは日本の社会的背景・生活習慣の変化が大きく関わっています。
働く女性が増えたことにより、1人あたりの出産回数は減少しており、さらに一度も出産しない女性も増加傾向にあります。
生活習慣の面では、食事の欧米化が進んで、高タンパク・高脂肪の食事を摂って「栄養状態がよくなった」ことが、「初潮が早く閉経が遅い」人が増えている要因ともなっているのです。

乳がんと出産・授乳の関係については、研究の結果、次のようにいわれています。
「35歳前に出産、授乳をした人は、そうでない人に比べて発がん率が低い」
「授乳期間が長いと、乳がん発症リスクが低くなる」
出産経験のない人は、出産経験のある人に比べ、乳がん発症リスクが約2倍高いという研究報告があります。出産回数についても、出産回数が多いほど発症リスクが低くなるという報告もあります。
たとえば、5回以上出産している人は、出産経験のない人と比較した場合、発症リスクが約2分の1になるといわれています。

とはいえ、この項目に当てはまるからといって、必ず乳がんになるわけではありません。
一方で、この項目に当てはまらないから乳がんにならない、というわけでもありません。
やはり日々のチェックや乳がん検診を受けたほうがよいという点は変わらないのです。

これって乳がん発症リスクを下げられる?

患者さんからの質問で最も多いのは、食べ物に関する内容です。

「お酒を飲むと乳がんになるのですか?」
「野菜を食べると乳がんにならないと聞いたのですが……」
先にご紹介したとおり、確かにお酒を飲み過ぎることは、乳がん発症の危険因子のひとつではあります。
だからといってお酒を飲むと必ず乳がんになるわけではありません。また、乳がんの発症とは関係なく、お酒の飲み過ぎが体によくないのは当然です。
同様に、野菜を食べると乳がんにならないわけでもありません。高タンパク・高脂肪の食事が乳がん発症リスクを高めると考えられているとはいえ、反対に野菜が発症リスクを下げるという医学的根拠はないのです。
何事も「摂り過ぎ」は体によくないので、健康な体を維持するため、バランスのよい食事を心がけてください。

ストレスを抱えすぎるのも、体にとってはよくありません。
食事でも好きなものを我慢しすぎるとストレスがたまります。もちろん乳がんとストレスの因果関係は明らかになっているわけではありませんが、ストレスを抱えないことが乳がん発症リスクを下げると言われている理由があります。
それは「NK細胞(ナチュラルキラー細胞)」です。
まだわからないことも多いですが、NK細胞にはがん細胞を破壊し、また発生を予防する働きがあるとも言われています。
そんなNK細胞には「笑うことで細胞の働きが活性化される」という説があります。
実際、笑うという行為には自律神経のバランスを整えてくれる働きがありますし、今後も笑いとNK細胞、がんとの関係については研究が続けられていくでしょう。

もちろん乳がん検診が、乳がん対策にとって重要であることは変わりません。
ぜひ健康な日常生活を送りながら、乳がん検診を受け、発症リスクについて学んでください。

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