2015年9月、元プロレスラーで現在はタレントとして活躍されている北斗晶さんが、乳がんを発症したことを公表し、この乳がんのニュースは多くのマスコミが一斉に報じました。
北斗さんが乳がん発覚について記した、2015年9月23日のブログによると、乳がん発覚まで次のような経緯があったようです。
- 毎年秋には、マンモグラフィと超音波(エコー)の乳がん検査を受けていた
- 家族や身内には乳がんを発症した人はいない
- 冬、うつ伏せで床に転がったとき、右胸にチクッとする痛みを感じた
- 春、水着に着替えるとき、右胸がこれまでと違い、乳頭がセンターになく引きつっているように感じられた
- 夏、右胸にチリチリする痛みを感じるようになる
- 秋になる前、乳がんが心配になり病院を受診。胸の組織を取り細胞を調べると、乳がんの陽性反応が出た
- 9月24日、右の乳房を全摘出する乳がんの手術を受ける
右胸の乳がんが発覚したときには、すでに直径約2センチの大きな腫瘍になっていたとのこと。
北斗さんは乳がん手術・治療を経て、2016年末からお仕事に復帰されています。
北斗さんの乳がんに関するニュースは、世間に大きな影響を与え、直後は乳がん検診を受ける女性が急増しました。欧米に比べて乳がん検診の受診率が低い日本において、乳がんを公表し、情報を発信し続けている北斗さんの活動は本当に素晴らしいものだと思います。
その一方で、北斗さんが最初におぼえた胸の違和感を、「胸がチクチクした」と表現したことで、「胸がチクチクしたから」と乳がんかもしれないと乳腺科を受ける女性が増えました。
まずはこの「胸がチクチクする」という症状について、ご説明しましょう。
乳がんのセルフチェックと胸の痛み
まずセルフチェックで、次のような症状があるときは、「乳がん」を疑ってください。
- 乳房にシコリがある
- ワキの下にシコリがある
- 乳房の皮膚に引きつれがある
- 乳房に「えくぼ」のようなくぼみがある
- 左右の乳房を比べて、大きさや張りの差がある
- 片方の乳房の先がジュクジュクしている状態が続く
- 片方の乳房の先から、色のついた分泌液が出る
「痛みがなければ乳がんではない」は間違い
北斗晶さんの乳がん報道があった後、「胸がチクチクする」と乳腺科を受診する女性が増えた、と書きましたが、もともと「乳房が痛い」ということで乳がんを疑い、乳腺科を訪れる女性はたくさんいます。
実は、痛みは乳がんの症状ではありません。
乳房が張ったり、引きつれたり、または乳房に痛みを感じるのは、多くの場合、ホルモンのバランスの影響です。
といっても、ホルモンバランスが悪い、という意味ではありません。生理周期に乳房が張ることがあるように、ホルモンバランスが正常に変動していると乳房にも変化が起こるものなのです。
そのため、「痛みがないから乳がんではない」と考えるのは間違いです。反対に、痛みがあっても乳がんではない場合のほうが多いのです。
痛いからと検査をして乳がんを見つかることもありますが、多くの場合は乳がんのせいで痛みが出ているわけではありません。
もちろん定期的に乳がん検診を受けていただくのが一番でではありますが、痛みがあってもなくても、何か胸に違和感をおぼえたら、すぐに乳腺科を受診してみてください。
乳腺症とは?
検診や診察などで「乳腺症」と書かれていたり「乳腺症」と言われた人も多くいると思います。
一般的に「乳腺症」とは、病名ではなく、正常範囲も含まれる良性疾患の総称です。
乳腺症の症状としてみられるものには、次のようなものがあります。
- 乳房が張る
- 乳房が痛い
- 乳房全体がごつごつとしたシコリのように感じられる
「乳房が張る」「乳房が痛い」といった症状は、女性であれば生理前に経験したことがあるのではないでしょうか。こうした症状は主に、女性ホルモンのバランスの変化が原因となって起こることがほとんどです。
女性の体のなかは、ホルモンバランスが常に一定というわけではなく、生理周期によって変動するものです。そこでホルモンバランスが乳腺を刺激するような状況だと、上記のような症状が出てくることがあります。
こうした症状の総称が乳腺症です。
ホルモンバランスの変動サイクルから考えた場合、乳腺症の症状は生理前に強くなり、生理が終わると収まっていきます。
しかし数カ月間もずっと症状が続くこともありますし、反対にいつも症状が出る時期なのに今月はまったく出ない……ということもあります。
また、閉経後でも女性ホルモンのバランスの変動によって、症状が出るケースもあるのです。
こうした乳房の張りや痛みを、乳がんの症状だと思い、心配して乳腺科を受診する方はたくさんいますが、乳腺症の症状は女性の体に起こる自然現象でもあり、何の問題もありません。
つまり、通常の乳腺症であれば(乳がん検診などでそう診断されれば)、乳がんの心配はないのです。
ただ、摘出生検(局所麻酔をして、シコリ全体を取って検査する方法)などを行い、顕微鏡検査によって「乳腺症」と診断された場合、なかには良性のシコリでも細胞が増えるタイプもあります。
このケースでは乳がんの発症リスクがやや高い可能性があるとされていますが、組織をとる検査で言われたわけではない「乳腺症」は、正常範囲のものと考えてよいです。
乳腺炎とは?
乳腺科を受診される患者さんから、よく「乳腺炎」という病名が出てくることがあります。
症状を聞いてみると「乳腺炎」ではなく「乳腺症」であることが多く、過去に診断した医師から「乳腺症」と言われたのを「乳腺炎」と聞き間違えているのかもしれません(乳腺症よりも乳腺炎のほうが聞きなじみがあるからかもしれません)。
先にご説明したとおり、乳腺症とは乳房の張りや痛み、ゴリゴリとした硬さといった症状の総称です。
では乳腺症と乳腺炎の違いは何なのでしょうか?
乳腺炎とは文字通り乳腺に起こる炎症です。
これは、たとえばニキビが化膿して赤く腫れあがり、潰すと膿が出ることに似ているでしょう。
乳管(母乳を乳房の外へ運ぶ管)に母乳が詰まったり、細菌が入ったりすることで、乳腺に炎症が起こることがあります。
特に授乳中のおっぱいに起こる急性乳腺炎が多いのですが、自身が熱を出す、乳房自体が熱を持つ、あるいは赤くなるといった症状も起こります。
炎症が長期間続く慢性乳腺炎、乳管に細菌がつき、免疫が弱ったときに炎症を繰り返す乳輪下膿瘍という症状もあります。
乳腺炎の症状として、乳管に母乳が詰まり、それがシコリになることがあります。
ところが「シコリ=乳がん」と心配し、乳腺科を受診して乳腺炎と診断される患者さんが多いようですが、乳がんと乳腺炎はまったく別のものです。
乳がんの症状であるシコリは、がん細胞が増殖したかたまりです。詰まった母乳がシコリとなったものとは、まったく違います。
また、授乳期に乳腺炎になった女性は乳がんになりやすい、という説があるようですが、そこに医学的な関連性はありません。
とはいえ、上記の症状から乳腺炎と診断されても、乳がんではないからと安心してはいけません。放っておくと症状が悪化することもありますので、医師に相談し、適切な治療を受けてください。
乳房全部がシコリに感じられる、それって乳がん?
乳房のあらゆる箇所がゴリゴリしているので、乳がんの心配をされる方がいます。
おっぱいを自分で掴み、引っ張ってみると全部がシコリのように感じられるとのことです。
これはシコリではなく、まさに乳腺そのものです。
乳腺とはもともとボコボコした形の組織です。この乳腺の上に皮下脂肪があり、さらにその上には皮膚があるため、外から見ると乳腺のボコボコした形はわかりません。
脂肪は柔らかいのに対し乳腺の組織は硬いので、乳房を強く触ると柔らかい脂肪が潰れ、その下にある乳腺に触れると、乳房全部がゴリゴリと硬く感じられてしまうのです。
もちろん個人差はありますが、おっぱいは強く触れればボコボコしていることは、あまり知られていません。それは普段、自分の乳房を強く触る機会がないというのも、理由のひとつだと思います。
そこで乳房のゴリゴリとした硬さが気になる方は一度、乳腺科を受診し、検査してみてください。
検査の結果、現在のおっぱいに異常がないことがわかれば、同時に自分の正常な乳房の状態を知ることもできるからです。
重要なのは早期検査・早期発見・早期治療
最初にご紹介した、北斗晶さんの乳がんに関する報道は、本当に影響が大きく、あれから何年もの時間が経っていますが、今でも北斗さんのニュースを見て乳がんが心配になり乳腺外来を訪れる人が多くいます。
同時に現在も北斗さんと同じく、「胸がチクチクする」という症状を訴えられて、乳がんを心配される方も多いわけですが、乳がんのせいで胸がチクチクするわけではありません。繰り返しになりますが、それは女性ホルモンのバランスの影響によって現われる症状です。
乳がんの初期自覚症状は、痛みを伴わないシコリができることが9割で、残り1割は乳頭から血液が混じった分泌液が出る、乳首や乳輪がただれる、といった症状になります。それ以外の自覚症状は非常に稀です。
もちろん北斗さんのように、胸がチクチクすることに違和感をおぼえ、検査してみると乳がんが発見されたというケースはあります。ただ、胸のチクチクが乳がんの症状であるというのは、誤った情報だとお伝えしたいのです。
かといって、胸がチクチクしても病院に行かなくてもいい、ということではありません。
北斗さんは違和感をおぼえたからこそ検査に行き、乳がんと診断されたのです。
そんな北斗さんは手術後、ブログで「私の乳がん発表によって、たくさんの方が乳がん検診に行こうと思ってくれたら、何よりも嬉しい」という旨を綴っています。
北斗さんのように、定期検診を受けていても発見することが難しく、わからないうちに進行していることもあるのが、乳がんの怖いところです。
乳がんに関して最も重要なのは、「早期検査」「早期発見」「早期治療」です。
自身の体で気になるところがなくても、早い段階から定期的に乳がん検診を受けてください。
気になる自覚症状があれば、まずは乳腺外来を訪れ、医師に相談してみましょう。