「乳がんサバイバー」という言葉をご存知でしょうか?
サバイバー(Survivor)とは「生存者」「生き残った人」という意味で、乳がんサバイバーとは乳がんを発症するも、治療によって元気に生活を送っている人のことを指します。
現在、この乳がんサバイバーは増加しています。乳がん患者は年々増えていますが、乳がんになる人よりも乳がんで死亡する人がかなり少ないため、サバイバーは増加する一方です。
実際、乳腺科を受診する患者さんでも、がんが再発した方よりも治療後の定期検診のために訪れる方が多いほどです。
では、もし自分自身が乳がんを発症した後、乳がんサバイバーになるためには、どうすればよいのでしょうか。
それは「納得できる治療をちゃんと受けること」です。
そこで今回は乳がんの治療法についてご説明します。
乳がん治療の3本柱とは?
乳がんの治療には苦痛を伴うことが多く、患者さん本人が医師から治療方針の説明を受け、納得したうえで開始しないと、苦痛を伴う治療を受け続けることは難しいでしょう。
また、患者さんご自身が乳がんについて知識や情報を集めたうえで、治療に臨まれる方も多いのですが、もちろん自身の病気について知っておくことはとても重要です。
しかし、本やインターネットなどで得た情報が頭のなかで先行してしまい、治療方針を説明する医師との意思疎通が難しくなってしまうケースも、少なくはありません。
乳がんを発症した患者さんが不安になる気持ちは、よくわかりますし、その不安を解消するために、治療法について医師からしっかりと説明を受けておく必要があります。
もともと本やインターネットに書かれている情報が、必ずしも正しいとはいえません。乳がんの治療法は様々で、患者さんの状態に合った治療法を選ぶことが重要です。
乳がんの治療法には、3つの大きな柱があります。それは次のとおりです。
・手術
・薬物療法(抗がん剤治療、ホルモン治療、分子標的薬治療)
・放射線治療
乳がんの治療は、シコリの性質や進行度などによって、この3つの治療法を組み合わせて行います。
続いてこの3本柱について、それぞれご紹介していきましょう。
乳がんの治療法①手術
乳がんの手術は、「乳房」と「ワキのリンパ節」を取る手術を組み合わせて行います。
その種類には次のものがあります。
乳房を取る
・乳房全摘
・部分切除(温存手術)ワキのリンパ節を取る
・腋窩リンパ節郭清
・センチネルリンパ節生検
乳房を取る「全摘」と「部分切除」
乳房全摘とは、文字どおり乳がんを発症している乳房を全て切除することです。この場合、手術後に「乳房再建手術」を行うこともあります。
また部分切除は、がんとその周囲の組織を部分的に切除する方法です。
どちらの手術を選択しても、手術後の乳がんの再発率は変わりません。そこでどの手術法を選択するかのポイントは、主に次のようなものが挙げられます。
・患者さんの希望
・がんの広がり
女性として、乳がんが発症しても、乳房を切ることに抵抗を感じる方は多いでしょう。
しかし、がんを放っておけば悪化して、命を落としてしまうこともあります。
そこで患者さんが「おっぱいを残したい」と希望した場合は、部分切除を検討し、可能なかぎり乳房の形が変わらない方法を話し合います。
もちろん医師が乳房の一部を残せる)部分切除を検討していても、全摘を希望する患者さんもいますし、全摘が必要だと思われる状態でも部分切除を希望する患者さんもいます。
全摘が必要そうであっても部分切除を強く希望される場合は、術前化学療法(手術前に抗癌剤治療をしてシコリを小さくしてから手術する)なども検討されます。しかし、広がりの範囲やシコリの状況によっては、部分切除を希望していても困難な場合もあります。
このように、乳がんの手術法に関して全摘か部分切除かを選択する場合は、がんの広がりが大きな判断材料となるのです。
ワキのリンパ節を取る「腋窩リンパ節郭清」と「センチネルリンパ節生検」
乳がんの手術後は、手術で取ったがんを病理検査に回し、以降の治療方針を決めます。
病理検査とは、採取した細胞・組織を顕微鏡などで観察し、診断する検査のことです。
2016年に放送されたテレビドラマ『フラジャイル』では、TOKIOの長瀬智也さんが病理医を演じ、その存在が広く認知されました。
この病理検査では、乳がんのシコリの範囲とその性質、そしてワキのリンパ節に転移があるかどうかということが調べられます。
そのためには乳房のシコリだけではなく、ワキのリンパ節を取るのですが、その方法には「腋窩リンパ節郭清」と「センチネルリンパ節生検」の2種類があります。
腋窩リンパ節郭清とは、決まった範囲のリンパ節を周囲の脂肪と一緒に取る方式をいいます。腋窩リンパ節の転移があるかどうかで、今後の治療方針を決めることになります。
手術前から腋窩リンパ節に転移があることがわかっている場合は腋窩リンパ節郭清が選択されます。
手術前には腋窩リンパ節転移が無さそうだと診断されている場合は、センチネルリンパ節生検が選択されます。乳がんがワキのリンパ節に転移する際、最初にがんが流れ着くリンパ節を「センチネルリンパ節」といい、このリンパ節説を取ってがんが転移しているかどうかを調べるという方法です。腋窩リンパ節郭清に比べて、手術後の後遺症が少ないため、現在では標準の手術方法になっています。
病理検査での診断結果をもとに、再手術が必要か、どの薬物療法との組み合わせがよいか、放射線治療が必要か、ということも検討されます。
乳がんの治療法②薬物療法
乳がんの薬物療法は、次の3種類に大別されます。
・抗がん剤治療(化学療法)
・ホルモン治療
・分子標的治療
抗がん剤治療(化学療法)
抗がん剤治療とは、「化学療法剤」を使ってがん細胞を死滅させる薬物療法です。
その一番の目的は、がんの再発や転移を予防することにあります。
乳がんに限らず、がんで最も注意しなければいけないのは、再発と転移です。がんは再発すると、完治することはほとんどありません。そこで、がんを再発させないために抗がん剤治療を行います。
一般的に、手術後に再発を予防するためとして行われる抗がん剤治療はその組み合わせと回数が決まっており(これをレジメンと呼びます)、手術後の病理検査を通じて考えられる再発リスクによって、医師は患者さんに提示するレジメンを決めています。
ただし抗がん剤には、乳がん治療を行った小林麻央さんや北斗晶さんのように髪が抜け落ちたり、吐き気をもよおすなどの副作用もあります。
副作用の内容は薬の種類によって異なるので、不安な点があれば必ず医師に相談してください。
ホルモン治療
乳がんの発症には、エストロゲンという女性ホルモンの数値が関わっていることが研究によって明らかになっています。
そこでホルモン治療薬を使って、このエストロゲンの量を減らしたり、エストロゲンの作用を抑え、がんの再発リスクを下げる治療法を、ホルモン治療といいます。
ホルモン治療と聞くと、甲状腺ホルモン治療や更年期障害のホルモン補充療法と混同する人もいますが、それらは別の治療です。
女性ホルモンが作られる場所は、閉経前と閉経後で変わってくるので、ホルモン治療の場合は閉経の状況により治療法の内容も違います。たとえば
閉経前:卵巣で女性ホルモンが作られる
→卵巣を休眠させる薬(LH-RHアナログ)
女性ホルモンが乳がんの細胞にくっついて増殖するのを防ぐ薬(タモキシフェン)
などが用いられることが多い。
閉経後:皮下脂肪にある酵素(アロマターゼ)で女性ホルモンが作られる
→アロマターゼの動き=女性ホルモンが作られるのを妨害する薬(アロマターゼ阻害剤)
が用いられることが多い。
また、40代半ばから50代半ばの閉経期は、患者さんの状況に応じて個別にホルモン治療薬の種類が選択されます。
分子標的治療
HER2タンパクが乳がんのがん細胞に多く出ているタイプ(HER2陽性乳がん)に対しては、ハーセプチン(分子標的治療薬)が有効である可能性があります。
もともとHER2陽性乳がんは、再発リスクが非常に高い乳がんでした。
しかしこのハーセプチンの登場により、再発リスクは大きく低減されています。
乳がんの治療法③放射線治療
乳がん術後の再発予防として行われる放射線治療には、主に、次の3種類があります。
・温存乳房照射
・胸壁照射
・領域リンパ節照射
温存乳房照射
手術で部分切除(温存手術)を選択した場合は、手術後に「温存乳房照射」が基本的には全員に対して必要です。
残した乳房の中へのがんの再発を防ぐため、残した乳房に放射線を照射します。
胸壁照射
手術で全摘を選択した場合は、しても、病理検査の結果によっては術後に全摘した部分へ放射線を照射することがあります。
これを「胸壁照射」といい、多くの場合「領域リンパ節照射」が追加されます。
領域リンパ節照射
ワキの下のリンパ節や、鎖骨下、鎖骨上のリンパ節への放射線照射です。
副作用がつらい時は……
乳がん治療と聞くと、多くの方は「副作用がつらい」といったことを思い浮かべるのではないでしょうか。
確かに、乳がん治療には、つらい副作用が伴います。
特に手術後の治療……抗がん剤治療では髪が抜け落ちたり、ホルモン治療によって更年期障害のような症状が出たりと、女性にとっては肉体的だけでなく精神的にもつらい副作用は、よく知られているところです。
しかし、乳がんの再発を防ぎ、乳がんサバイバーとして元気に生活していくためには、こうした治療は欠かせません。
そこで医師は、患者さんごとに必要な治療の方法やその回数、使用する薬の量を説明し、その効果と副作用についても詳しく説明します。
そのうえで、患者さんにどの治療法を選んでいただくこともあります。
同時に、乳がんの治療法はここ10年で大きく進歩しており、副作用がつらい時には、その副作用を和らげる薬も開発されています。
どうしても副作用がつらい場合は、ぜひ主治医に相談してください。患者さんの状況にあった薬を処方してくれるでしょう。
こうした薬を服用する時、注意していただきたいのは、患者さんの判断で薬を飲む量を増やしたり減らしたりしないことです。
飲み薬の場合、医師が処方した薬を患者さんが規定通りに飲み続けているかどうかはわかりません。これは患者さん次第という言い方もできます。
もちろん、患者さんとしても「この薬は本当に効果があるのだろうか?」と疑問に思うことはあるでしょう。
そう感じた時は、必ず処方した医師に相談してください。医師の説明に納得がいかない場合は、自費になりますが他の医療機関でセカンドオピニオンを聞くという方法もあります。
どんな薬にも、どんな治療法にもメリット・デメリットは存在します。
最も大切なのは、患者さんご自身が納得できる治療を、ちゃんと受けること。
そのために医師・医療機関は患者さんを全力でサポートしています。