なぜ放射線治療が行われるのか
がんの3大療法といえば「手術」「薬物療法」「放射線治療」ですが、放射線治療とはどのようなものでしょうか?
放射線のがん治療への利用は、1895年にレントゲン博士がエックス線を、1898年にキューリー夫妻がラジウムを発見したのが始まりといわれています。
レントゲン博士はX線の発見直後に医学的利用を試みましたが、これは診断に用いられたもので、直接がん治療を行ったわけではありませんでした。
しかし、このときX線が皮膚障害を起こすことがわかり、がん治療に応用される大きなヒントになったといわれています。
翌年には乳がん、舌がん、胃がんなどにX線による治療が開始され、1902年にはラジウムが子宮頸がん治療に利用されたという記録が残っています。
がん細胞は正常な細胞に比べて放射線に弱く、この性質を利用した治療が放射線治療です。
放射線とは空間や物質中を波の形や粒子でエネルギーを発するもので、電磁波(X線、γ線など)と粒子線(原子を構成する粒子:電子、陽子、中性子など)があります。
がんの治療に使用されているのはX線、γ線、電子線で、放射線はがん細胞のDNAに直接働きかけて細胞分裂を防ぐ、または細胞が自ら死滅するアポトーシスを促進して、がん細胞にダメージを与えるなどの効果があります。
放射線治療はがんの再発予防や、がん細胞を消失または縮小させる目的で行われるほか、痛みなどの症状の改善などにも用いられます。
また、手術が困難な部位のがん細胞の治療や、複雑な形状のがん病巣の治療が可能であること、患者さんへの負担が比較的軽いというメリットがあります。
乳がん治療で放射線治療が行われるのは次のような場合です。
- 乳房温存手術の後 (温存乳房内への再発予防)
- 乳房切除術の後 (切除後の胸壁やリンパ節への再発予防)
- 再発・転移性乳がん治療(局所のコントロールや痛みに対する治療など)
乳房温存手術後の放射線療法
乳房温存手術とはがんを周囲の正常乳腺を含めて部分的に切除して乳房を残す手術方法です。
現在、日本では乳がん手術を受ける患者さんのうち3人に2人が乳房温存手術を受けています。
乳房温存手術のあとは、手術で取りきれずに残されているかもしれないがん細胞を死滅させるために放射線療法を行います。
アメリカの試験結果によると、手術後、放射線照射したグループとしないグループの乳房内再発率を比較したところ、照射しなかったほうは35%、照射したほうは10%という結果が報告されています。
また、イギリスでは照射しなかったほうは26%、したほうは5%、カナダでは各々26%、6%と、放射線治療によって再発が大幅に抑えられていることがわかります。
現在の標準治療は温存した乳房全体に照射する方法(全乳房照射)です。
全乳房照射では手術した乳房全体に対して1回線量1.8~2.0グレイ、総線量45~50グレイ程度を約5週間行います(目安なので異なる場合があります)。
少量ずつ分割してかけるのは正常組織への影響を最小限にとどめつつ、がん細胞を死滅させるためで、1回の照射時間は1~3分程度です。
入院の必要がないので、通常の生活を送ることができます(目安なので異なる場合があります)。
乳房切除術後の放射線療法
乳房切除術は、主に次のような場合に選択されます。
- 腫瘍が大きい(3cm超)
- 乳がんが乳腺内の広範囲に広がっている
- 複数の腫瘍が、同じ乳房内の離れた場所にある
- 乳房温存術後に放射線治療を受けられない(放射線治療を受けるための体位がとれない、妊娠している、または可能性がある、過去に胸部放射線療法を受けている、活動性の膠原病がある、など)
- 患者さん本人の希望
- 遺伝性乳がんの予防的手術
乳房全摘術を受けた場合、放射線治療を行わない場合の方が多いのですが、腫瘍の大きさが5cmを超えている、リンパ節転移が4個以上あったときなどは、生存率向上のために放射線治療がすすめられます。
放射線治療の副作用
- 皮膚の炎症
- 倦怠感
- 肺炎
- 手術した側の腕のリンパ浮腫
皮膚の炎症
放射線治療に用いるX線は紫外線よりも強いため、日焼けと同じような反応が起こります。
照射部位がやや赤くなる、ピリピリする、皮がむける、熱っぽい、腫れるなどの症状がありますが、治療が終了すれば(時間は月単位でしばらくかかりますが)元に戻ります。
症状がつらい場合は医師に相談して塗り薬などを処方してもらいましょう。
倦怠感
放射線が直接関係しているというよりは、照射によって正常細胞がダメージを受け、その際に産生される老廃物やアレルギー反応による影響ではないかと考えられています。
無理をせず安静にする、栄養バランスが取れた食生活をするなど心がけましょう。
肺炎
放射線が肺の一部に当たることで、ごくまれに放射線による肺炎が起こることがあります。放射線治療が終わってから、しばらくたって起こることも少なくありません。
風邪ではないか、と自己診断せず熱や咳が続くときは主治医に相談してください。
手術した側の腕のリンパ浮腫
放射線は手術した側のワキの一部にも当たるため、リンパの流れが悪くなることがあります。
「手術した方の肩が急にこるようになった」「腕がだるくて上がりにくい」などの症状がある場合は、早めに主治医に相談してください。
放射線治療中に気をつけたいこと
- 食事
- 仕事や運動など
- 予防接種
- 薬の使用
食事
栄養のバランスが取れた食生活を心がけましょう。
サプリメントを使用するときは医師に相談してください。
仕事や運動など
外来通院の場合、基本的に制約はないのでこれまで通り肉体的、精神的に過度の負担にならなければ仕事や運動をしても構いません。
もちろん旅行へも行けますが、温泉やサウナ、岩盤浴、海水浴、プールは照射期間中と治療完了直後は避けたほうがよいでしょう。
予防接種
インフルエンザなどの予防接種は一般的に問題ないとされていますが(むしろ積極的な接種がすすめられていますが)、念のため主治医に相談してください。
薬の使用
薬の種類によりますが、診察を受ける際、乳がんの治療で放射線治療を受けている旨を医師に伝えるようにしましょう。
放射線治療以外に薬物療法を受けている場合は、どのような薬を服用しているかも併せて伝えておくと治療や薬の処方がスムーズです。
最新がん治療機器について
- サイバーナイフ
- トモセラピー
サイバーナイフ
サイバーナイフは、米国スタンフォード大学のジョン・アドラー教授によって開発された、最先端の画像解析技術、産業ロボット技術を応用した高精度の定位放射線治療装置です。
ナイフといっても、手術のように切るわけではなく治療に痛みを伴うこともありません。
体にメスを入れず、がんなどの病巣だけを多方面から狙い(最大で1200方向から照射ビームを選択することが可能)、放射線を集中照射する定位放射線治療装置で、従来不可能だった頭蓋底、脊髄、体幹部をはじめ広範な部位に発生した腫瘍に幅広く対応します。
※海外では既に、肺がん、肝臓がん、乳がん、すい臓がん、前立腺がんなどに対しての治療実績が報告されています。
もし治療中に患者さんが動いてしまっても、標的の移動が1cm以内であれば自動的に照射点を補正、それ以上の場合は照射を中断するなどの安全対策がなされています。
トモセラピー
トモセラピーはCT(コンピュータ断層撮影装置)とリニアック(放射線治療装置)を一体化させた装置で、正確に病巣部の照射部位と形をとらえ、腫瘍にピンポイントに放射線を集中照射する放射線治療システムです。
放射線照射装置が体の周りをらせん状に回転、コンピューター制御寝台が前後に移動するので、周囲360度、前後51カ所の方向からの照射が可能。
また、この装置には複雑な病巣や、一度に複数の腫瘍に対応できるというメリットもあります。
IMRT(強度変調放射線治療)と呼ばれる最新の照射方法の採用により、がんの形、部位などに合わせて照射量や強度を変化させることによって、腫瘍以外の正常な組織に与えるダメージを大きく減らすことができます。
サイバーナイフ、トモセラピーともに1回の大線量照射による治療、複数日にわたる分割的な照射のどちらも可能。
回数も少なくすむ場合が多く、原則的に入院の必要がないため、日常生活への影響を少なく抑えられることもメリットのひとつといえるでしょう。
100年以上前から始まったがんの放射線治療。
技術の進歩により、乳がんはもちろん、さまざまながんは、もはや恐れる病ではない時代が到来しつつあります。
とはいえ早期発見、早期治療が重要であることに変わりはありません。
これからも定期検診とセルフチェックを心がけてください。