乳がんを発症する(もしくは、発症するリスクが高い)要因は、研究の結果いくつか分かっているものの、その一方で、誤解を生んでいる説もたくさんあります。
今回は、乳がん発症のリスクを高めるもの、そして誤解をご紹介します。
乳がんのリスクを高める危険因子
- 出産・授乳の経験がない
- 家族(母親、姉妹など)に、乳がんにかかった人がいる
- 乳がんや良性の乳腺疾患にかかったことがある
- 初めての出産が30歳以上だった
- 身長が高い
- 肥満である(閉経後)
- 初潮がきた年齢が早い
- 閉経した年齢が遅い
- 生まれたときの体重が重い
- 飲酒量が多い
- 喫煙の習慣がある
出産・授乳の経験がない
乳がんの発生には、女性ホルモンであるエストロゲンが大きく影響しています。
エストロゲンは卵巣から分泌されるホルモンで、女性らしい体をつくる、子宮の内膜を厚くして妊娠できるよう準備をする、血中の善玉・悪玉コレステロールの正常化、動脈硬化の抑制など、さまざまな働きがあります。
女性にはなくてはならないホルモンですが、エストロゲンが乳がんの発症に関係しています。
妊娠・授乳期には、このエストロゲンの分泌が止まるため、乳がんにかかるリスクが減ることになります。
家族(母親、姉妹など)に、乳がんにかかった人がいる
乳がん全体の約5%が遺伝性の家族性乳がんであることがわかっています。
遺伝性の乳がんに関わっていると考えられる遺伝子が「BRCA1」「BRCA2」。
アメリカの調査結果によると、遺伝性の乳がんと考えられる患者の遺伝子を調べたところ、BRCA1陽性の人が52%、BRCA2が陽性の人は32%でした。
乳がんや良性の乳腺疾患にかかったことがある
乳がんにかかったことがある場合、もう片方の乳房(もしくは乳房を残す手術をしている場合は同じ側の乳房も含む)に、新たな乳がんが出来る可能性は、乳がんにかかったことがない人に比べると約5~10倍と言われています。
また良性の乳腺疾患には乳腺炎、線維腺腫、葉状腫瘍などがありますが、細胞が病変を起こしやすい場合があります。
とくに「細胞増殖性病変」と呼ばれる、病理検査で診断をつけられる疾患では乳がんの発症リスクが高まると言われています。
身長が高い
500万人を超えるスウェーデン人男女を対象とした研究で、背が高いほどがんリスクが高いことが報告されています。
この研究で成人時の身長が10cm増えるごとに、がんリスクが女性では18%、男性では11%高まると発表。
長身の女性は乳がんの発症リスクが20%高まるほか、男女ともに身長が10cm増えるごとにメラノーマ(悪性黒色腫)のリスクが約30%上昇するといわれています。
その理由として成長ホルモンやIGF–1(インスリン様成長因子=インシュリンに似た構造を持つ増殖因子で、成長ホルモンにより肝臓や他の組織で産生される)が高く、身長が高い場合は細胞数も多く、突然変異が多いからではないか、と考えられています。
肥満である(閉経後)
乳がんの60~70%はホルモン感受性があり、エストロゲンの影響を受けて分裂・増殖する性質があります。
閉経後の女性ホルモンは、卵巣では無く皮下脂肪で作られるようになります。このため乳がんにかかる可能性が高くなります。
国立がん研究センターでは「日本人のためのがん予防法」の中で、中高年女性のBMIの目標値として21以上、25未満を推奨。
たとえば、身長が155cmなら、体重は50.5~60.5kgが理想的な体重です。
BMIの計算式 BMI指数=体重[kg]÷(身長[m]×身長[m])
初潮がきた年齢が早い・閉経した年齢が遅い
乳がんの発症には、女性ホルモンのエストロゲンが影響しますが、このエストロゲンを分泌した量が多く、分泌期間が長いほど乳がんにかかるリスクが高いといわれています。
生まれたときの体重が重い
スウェーデンで11000人以上を調査した結果、出生時に体重が重かったグループは、最も軽いグループよりも乳がんになる確率が4倍高いという報告がなされています。(Birth Weight Linked to Cancer Riskより)
これは胎児が女性の場合、子宮内で浴びるエストロゲンの量が多いと胎内で大きくなる傾向があり、このエストロゲンの量が乳がんの発生リスクと関わりがあるのではないか、といわれています。
飲酒量が多い
世界がん研究基金(WCRF)と米国がん研究機構(AICR)が共同で行った研究によると、毎日10グラムのアルコールを摂取した場合、乳がん発病のリスクは閉経前の女性で5%、閉経後では9%増加大することがわかっています。
アルコールは乳がんを促進するエストロゲンの血中濃度を上昇させる働きがあり、これによってがん細胞が増殖していくのではないかと考えられています。
喫煙の習慣がある
厚生労働省研究班の調査によると、閉経前の女性が喫煙によって乳がんになるリスクが、煙草の煙を吸う機会がない女性の3.9倍、受動喫煙だけでも2.6倍。
煙草の煙には、煙草本体に含まれる物質だけでなく、それらが不完全燃焼することによって生じる化合物があり、その種類は数千に及ぶといわれています。
なかには多環芳香族炭化水素化合物(たかんほうこうぞくたんかすいそかごうぶつ)やニトロソアミン類などの発がん物質が数十種類含まれています。
発がん物質の多くは体内の酵素で活性化され、DNAと結びついてDNA複製の際に遺伝子の変異を起こします。
この遺伝子の変異によって細胞ががん化することから、喫煙の習慣があると乳がんを発症する危険性が高まるといわれています。
がんの発生率で誤解を生む「数字のマジック」
「母親が乳がんだと、乳がんになる確率が2倍になる」といわれていますが、この2という数には数字のマジックが隠されているのを見逃さないでください。
“2倍”という数字は確かに間違いではありませんが、母親が乳がんだからといって誰もがリスクが2倍になるのではない、ということです。
実際の発症者数の全体数でみると、母親が乳がんの人の発症リスクは2倍に満たない場合が圧倒的多数です。しかし乳がんの発症リスクが50%を超える遺伝性乳がんの人も含まれているので、全体で平均値を出すと2倍という数値になってしまうのです。
しかし「2倍に満たないのだから大丈夫」と慢心するのは間違いです。
乳がん患者の約8割は家族の病歴に関係なく発症していますが、血縁者に乳がん、卵巣がんの患者が複数いる場合、乳がんになりやすい体質を受け継いでいる可能性があります。
遺伝性乳がんとされる人の多くがBRCA1とBRCA2という2種類の遺伝子のどちらかに変異を持ち、欧米のデータによると遺伝性では50歳までに乳がんを発症するリスクは、変異を持たない人に比べて16~25倍といわれています。
同一家系内のうち
- 父方・母方双方の第二度近親者(祖母・祖父、叔父・叔母の範囲まで)内に乳がんにかかった人が複数いる
- 若年で乳がんを発症した人方がいる
- 男性で乳がんを発症した人がいる
この場合は、遺伝性乳がんの可能性を考えたほうがいいでしょう。
遺伝性乳がんのリスクがある場合、遺伝カウンセリング、場合によっては予防的手術(乳房切除)がありますが、やはり重要なのは定期検診を受ける、セルフチェックを行うこと。
数字を鵜呑みにして一喜一憂しないことが大切です。
がんにまつわるウソと誤解
「野菜を食べれば、がんにはならない」はウソ
「〇〇を食べるとがんにならない」「△△を食べるとがんになりやすい」という話をサイトや書物、あるいは日常の会話で耳にしたことがあるかもしれません。
代表的ともいえるのが「野菜を食べていれば、がんにならない」というもの。
人によっては肉食、高脂肪、高カロリーな食生活が原因で乳がんになったと思い込み、乳がんの治療開始をきっかけにベジタリアンになろうとすることがあるようです。
「フィトケミカル」は野菜、果物、豆類、芋類、海藻、お茶やハーブなど、植物性食品の色素や香り、アクなどの成分に含まれる物質で、これが抗酸化力、免疫力の向上などに役立つのではないかと期待されています。
そのため野菜を食べればがんにならない、という説が浮上してきたとも考えられますが、野菜を多量に摂取することが体内のがんに影響を及ぼすという医学的根拠はありません。
動物性たんぱく質は肉、魚から摂る必要があるため、ある程度は食べたほうが良いでしょう。
これまで肉や魚を食べていたのに「がんにならないために」と食べたいものを我慢すると、ストレスがたまるうえに、食べる楽しみが失われてしまいます。
肉や魚、野菜も適度にバランスが取れた食生活を心がけましょう。
「がん患者は精米した米を食べてはいけない」はウソ
「玄米ががんによい」という話をときどき耳にしますが、玄米の成分が乳がんに作用するというのは、医学的根拠がありません。
玄米が好みであれば玄米を食べても良いでしょうが、白米が食べたいのにひたすら我慢して玄米だけにする、というのは野菜と同様ストレスの原因になります。
大切なのは偏りのない、バランスが取れた食生活です。
「乳製品を摂ると乳がんになる」は誤解
乳がんに関する俗説のなかで、まことしやかに言われているのが「乳製品を摂ると乳がんになる」というもの。
過去に乳製品が乳がんの発症リスクを高めるという報告や、その逆の報告があったのは事実です。
しかし、結局は明確な乳がんとの関連性は見つからず、乳製品が乳がんの原因物質と決めつけることはできない、というのが結論のようです。
どんな食べ物でも、そればかり食べすぎたり排除しすぎはよくありません。
乳がんにならないために、または乳がんの治療中だからと「絶対に食べてはいけない」ものはありません。
いろいろな俗説に振り回されると、何を食べていいのかわからなくなってしまいます。
がんに関わらず病気治療中での食事制限は守らなければなりませんが、そうでない場合は栄養のバランスが取れた食事を腹八分、を習慣にしましょう。