これからの転移性脳腫瘍の治療はどうあるべきか
山本健太郎医師
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宇塚岳夫先生
今日では、治療法の進歩と選択肢の拡大により、転移性脳腫瘍について以前とは比べものにならないほどの長期生存が期待できるようになりました。一方で、治療法の適切な選択には原発部位(がん種)、原発腫瘍の遺伝的特性、化学療法に対する反応性といった情報が必須ですし、予後改善ゆえの新たな課題も出現しているようです。
今回は、長年にわたり脳腫瘍診療に従事され、本年5月からはUCCで放射線治療外来も担当されている宇塚岳夫先生に、同疾患の診療の現状と課題についてお話を伺いました。
山本健太郎 医師宇都宮セントラルクリニック 放射線治療部長
宇塚岳夫 先生獨協医科大学 脳神経外科 准教授
1994年新潟大学医学部卒。
新潟大学医学部附属病院(現在は新潟大学医歯学総合病院)及び関連病院での勤務を経て、2011年より新潟県立がんセンター新潟病院脳神経外科部長。2014年より獨協医科大学に活躍の場を移し、2021年より准教授。一貫して脳腫瘍の研究・臨床に従事、手術から化学療法及び定位放射線治療に取り組む。
栃木県における脳腫瘍診療体制
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山本
最初に、先生のこれまでの御経歴を教えてください。
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宇塚
私は宇都宮で生まれ育ちました。新潟大学医学部を卒業し、そのまま附属病院脳神経外科に勤務しました。その後、新潟県立がんセンター新潟病院で3年間、さらに獨協医科大学病院に赴任してからも脳腫瘍の診療に従事しています。
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山本
獨協医科大学病院の脳神経外科には、今年、阿久津博義先生が教授として赴任されましたが、診療体制に変化はありますか?
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宇塚
阿久津教授はトップランナーとして下垂体・頭蓋底腫瘍の診療に力を入れておられます。また、一緒に異動してきた血管内治療医とともに未破裂脳動脈瘤、頭蓋内血管の閉塞性疾患、内頸動脈狭窄などにも診療範囲の拡大を図っておられます。
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山本
脳腫瘍領域についてはいかがですか?
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宇塚
獨協医科大学病院は栃木県全体の脳腫瘍診療を担っていますので、多くの患者さんが来院されますが、診療に従事する脳神経外科医は充足していません。
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山本
県全体で見ても不足しているのでしょうか?
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宇塚
化学療法も含めて、適切にフォローアップできる脳腫瘍専門の脳外科医の数は足りていないと思います。
転移性脳腫瘍治療の現状
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山本
では、本題に入ります。先生は転移性脳腫瘍治療の現状をどのように感じていらっしゃいますか?
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宇塚
私が医師になった頃の転移性脳腫瘍の生存期間は診断から6ヵ月程度と言われていました。治療法も、手術か放射線照射しかありませんでした。それが、今では定位放射線治療の普及や化学療法の進歩により、腫瘍や患者さんの背景因子によって異なるのですが、2年、3年という長期生存も期待できるようになりました。
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山本
ご指摘の通り、予後の大幅な改善がこの領域における最も大きな変化と言えますが、一方で、長期生存が期待できるがゆえに新たな問題も出てきています。例えば、放射線の全脳照射による晩期認知機能障害です。生存期間中央値6ヵ月の時代とは異なり、今の放射線科医は可能な限り全脳照射を避けるようにしています。
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宇塚
紹介の際に添付される情報の重要性が増したと思います。特に、肺がん、乳がん、大腸がんの脳転移の場合、原発巣に関する遺伝子情報は必須ですし、どのような化学療法が行われたのか、あるいは行われているのかを把握する必要もあります。
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山本
原発巣の制御状態や治療内容を把握することは重要ですからね。
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宇塚
先生はどのようにして情報を得ていらっしゃるのですか?
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山本
主治医からCTやMRIの画像なども含め、これまでの診療情報を提供していただきます。
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宇塚
そうですね。最低でもbody CTは欲しいし、PET画像も あると助かります。
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転移性脳腫瘍における
放射線治療の位置付けと適応について
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山本
先生も先ほど触れられましたが、放射線の定位照射技術の進歩には著しいものがあります。転移性脳腫瘍治療における放射線治療の位置付けについてはどのようにお考えでしょうか?
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宇塚
放射線治療、特に定位放射線治療は侵襲性が低く、転移性脳腫瘍に対する第一選択に位置付けられると思います。もちろん、神経症状を来す、あるいは生命に直結するような大きな腫瘍である場合は手術適応です。患者さんごとに最適な治療法は異なりますが、経過の中で定位放射線治療を施行する機会はすべての患者さんに存在すると考えています。脳転移がある場合は、摘出手術の前後でも、全脳照射の前後でも、定位放射線治療の可能性を考えるべきであると思います。
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山本
重要なご指摘です。
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宇塚
私は、サイズが2cm以下で少数の転移性脳腫瘍であればガンマナイフによる定位放射線治療を行ってきました。少し脱線しますが、UCCの外来をお手伝いするようになって驚いたのが日帰りでサイバーナイフ治療を行われていることです。ガンマナイフによる放射線治療の場合、短期入院を原則としているからです。
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山本
UCCのシステムは、外来で治療できるからこそ運用できています。また、ガンマナイフでは治療が難しいサイズの大きな腫瘍であっても、サイバーナイフであれば分割照射で対応できます。
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宇塚
サイバーナイフ治療の適応と分割照射について、詳細にご教示いただけますか?
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山本
基本的には腫瘍サイズが2cm未満であれば単回照射、2~3cmであれば3分割、3cm超になると5分割照射としています。
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宇塚
個数についてはいかがですか?
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山本
難しい問題です。放射線治療医の間では一般的に4個以上の転移であれば全脳照射を選択されることが多いです。しかし国内のガンマナイフ多施設前向き試験で転移10個以下であれば生存率に有意差がなかったという結果がでたことを踏まえ、全身状態が良好で原発巣が制御されており期待予後が長そうな患者さんであれば4個以上の転移があっても定位照射をご提案させていただくことはあります。
転移性脳腫瘍診療における課題
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山本
先生がお考えになる転移性脳腫瘍診療における課題を教えてください。
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宇塚
細かいことから言うと、ガンマナイフ治療を施行した部位への病変の出現です。腫瘍の再発なのか、放射線壊死なのかの鑑別に難渋します。腫瘍の再発であれば放射線抵抗性と考え、摘出手術を勧めたいというのが脳外科医の偽らざる心境ですが、その判断が難しいです。
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山本
UCCでは、11C- メチオニンPET検査が実施可能です。集積レベルが低ければ放射線壊死の可能性が高いと考えられますが、確実に鑑別できるわけではなく、きめ細かい経過観察が重要かと思います。その他にはいかがですか?
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宇塚
これは日本の脳外科医の問題であり、髄膜腫がよい例なのですが、放射線治療よりも外科手術を重視しがちな点です。定位放射線治療のタイミングを逸しない放射線科への紹介を心掛けなければならないと考えています。それから、脳転移に関する画像検査が主診療科に定着していない点が挙げられます。脳転移の生存期間の延び方をみれば、今や脳転移と共存する時代と言えますし、早く見つけて適切な治療をタイミングよく行うことが大事だと考えています。
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山本
本日はありがとうございました。UCCの放射線治療外来の診療の方も引き続きよろしくお願いいたします。
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宇塚
こちらこそ今後ともよろしくお願いいたします。